Lausanner from Tokyo

スイス、ローザンヌでの家族生活、子育て、夫のEPFL留学、障がいのある人のことなど、リアルな情報を発信します

娘の学校、クラスメイトたちとの時間

 

lausannersfromtokyo.hatenablog.com

 

先日の記事のとおり、他クラスの子供たちとトラブルになってしまうことはありましたが、登校自体は少しずつスムーズになってきた娘

学校という場が心地よく楽しい環境になればもっといいなという願いと私自身がクラスメイトたちとその保護者たちの人柄や生活に興味があって、彼らと学校外で過ごす時間を設定することにしました

台湾人ママとはすでに親しい仲になっていたので、まずは彼女と娘さん(名前の頭文字からEちゃんと呼びます)を家に招待することにしました

娘もEちゃんも共に1P学年なので、水曜は学校がありません

水曜の午前中にわが家に来てもらいました

共通の言語を持たない同士でどのように遊ぶのか私は大変興味深く見ていましたが、なんと娘はひたすら日本語で話しかけていました

こっちにおいで!これで遊ぶ?こうやって遊ぶんだよ!ちがうちがう、そうじゃない!

娘からフランス語や英語が出てくる気配はなく、さらには遊びのリーダーシップを取ろうとあれこれ日本語で指示するのです!!

その話しぶりを聞いていた私は、Eちゃんが嫌な思いをするのではないだろうかとヒヤヒヤしました

相手が日本語が分からなくて本当によかったと思うくらい、それはそれはすごかったのです(失笑)

全体を通してEちゃんが娘を何とか理解して応じてくれた面が多々あったと思いますが、お互いに何となーく分かり合って遊べているような様子でした

特に洗面所をお風呂にしてラプンツェル人形の髪の毛を洗っているときは、ゲラゲラ笑い声が聞こえるほど楽しかったようです!!

もともとボサボサだったラプンツェルの髪の毛はさらにゴワゴワになりましたが(笑)2人が楽しそうに笑い合う姿が何よりの喜びでした

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娘にとって「言葉はなくとも心は通じる」という経験は、兄との関わりの中で少なからずできていると信じます

が、兄ではない第三者、オーラルコミュニケーションの手段を持っているけれども、自分の母国語とはちがう言語、未知の言語を話す人と関わることで、さらに「言葉はなくとも心は通じる」経験を積み、コミュニケーション手段の幅を広げられたらいいなと思います

言葉は能力やスキルではなく、ただのコミュニケーション手段の1つにすぎません

この世界がオーラルコミュニケーションの手段を持つマジョリティ集団で作られているから、、、言葉によるコミュニケーションが一番手っ取り早く楽だから、、、ただそれだけのことです

そのため、息子のようにその手段を持たないマイノリティ集団が大変な苦労を強いられるのだと思います

「障がい者」と呼ばれ、いかにもその本人に問題があると理解されがちですが、この世界にフィットできない、あるいはフィットしにくいというだけで、その障害を作っているのは社会や環境です

もし、この世界がちがうコミュニケーション方法で成り立つ世界、「障がい者」と呼ばれる人たちにとって、ずっとハードルが低い社会環境だったら、息子はもっと生きやすかったにちがいありません

オーラルコミュニケーション中心の世界からちがう世界に変えることは不可能だと思いますが、いろいろなコミュニケーション手段、アプローチ、関わり方、受け入れ方があることを理解して、相手の都合や方法に合わせたり、工夫したりすることはできると思います

歩み寄ること、工夫することが得意なのは、間違いなくマジョリティ集団です

誰もが胸を張って生きられる世界、社会に少しでも近づけるように!

私一人ができることは微力で限定されるかもしれませんが、それでも”Better than nothing(何もしないより良い)"

自分が思うがままにできる限りアクションを起こしていきたいと思います