Lausanner from Tokyo

スイス、ローザンヌでの家族生活、子育て、夫のEPFL留学、障がいのある人のことなど、リアルな情報を発信します

ソーシャルワーカーとの出会いのこと〜その3〜

 

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私が安堵した理由は、息子との関わりを「労働」や「仕事」と位置づけたくなかったからです

あくまでも「育児」だと思って彼に接したいと

息子に知的遅れがあって、彼が自閉症だと分かってからも、ずっとそう思ってきました

どうしてこんなに「育児」にこだわるか、

数年前に前職場が大きく組織変更する必要が生じたとき、その当時のトップに言われた事がずっと引っかかっているのです

そのとき、私は会社のお荷物だと思われていたのだと想像します

息子の療育日や体調不良のときには、会社を休んだり遅刻したり早退したり、他の職員と比べれば、時間的な貢献は格段に少ないことは明らかでした

毎年、その年に認められた有給休暇をほぼ使い切り、翌年に繰越す余裕はない状態

それでも、会社にいる間は人一倍身を捧げたつもりですし、ほぼフル回転で最善を尽くしたつもりでしたが、それは自己満に程近く、トップに映る姿は思いどおりにいかないと痛感しました

バックグラウンドで色々な困難を抱える私に、トップは再就職先を斡旋してあげようと、ただの善意だったと信じますが、別室に呼ばれて冒頭に言われたことが今でも鮮明に残っています

「息子さんの介護は大変でしょう?」

「はっきり言って、育児というより介護じゃない?」

言われた時はとにかくびっくりしました、まさに絶句状態とはこれです

私は育児だと思ってずっとやってきていたので、この日まで介護という意識がなく、非常に斬新な意見でした

裸で起床してくる息子に服を用意して着せるところから、私の1日は始まります

食事は自分で取りますが、右手でお箸やフォーク等の道具を使うも、左手を多用しながら食べるので、お世辞にもきれいに食べているとは言えません

排便のときには便を拭き取りますし、お風呂のときには全身を洗いますし、お風呂から上がってからもパジャマを用意して着せますし、歯磨きも仕上げ磨きしています

本人の様子を見て、やってごらんと言うときもありますが、あくまでも調子が良さそうなときだけです

でも、ここ最近はドライヤーで自分の髪の毛を乾かしてくれるようになりました!

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その間他の家事ができるので、ずいぶんと助かっています~(喜)

側から見れば、私が息子に対してやる事全般は、介護に当てはまるのかもしれません

でも、私は介護とは思っていません、そう思った事は一度もありません

この11年間ずっと育児だと思ってきましたし、これからも育児だと思って、自分の体力と気力が許される限り、息子と接していきたいと思っています

だからあのとき、どうして「介護ではなく、育児です」と言えなかったのか

たとえ相手が上席であったとしても、臆することなく反論すべきだった

それを今でも後悔しているので、ずっと引っかかって忘れられないのだと思います

きちんと消化できたら楽になるのでしょうが、まだ時間がかかりそうです

時折、心ない言葉を浴びせられる場面があります

それは多くの場合、相手に悪気はなくて、相手の理解が不十分だったり、知識が偏ったりしているために起こると、少しずつ冷静に受け止められるようになりました

正しい知識、息子の代弁、母親としての思い、私の経験などを外に発信していく事が、私の役目だと思っていますが、同時にものすごく勇気がいる事でもあります

初めて息子が自閉症だと分かった当時から考えたら、今の私は驚くほど強くなりました

息子の話を涙なくして語れるようになりました

語れるようになったら、世界が大きく広がりました

でも、もっともっと強くなりたい

他人からどう言われようが、どう見られようが、気にしない+傷つかない自分

そんな理想を抱きながら、いつまでも成長していける自分でありたいです

過去の思い出話が少し長くなりましたが、Oaiの給付は息子のために、息子にとって必要なものに、大切に有意義に使っていきたいと思っています

※ 介護を否定しているわけではありません。私の介護に関する知識が限定的で、考え方が偏重している可能性があります。これらの職業に携わっている方々には尊敬と感謝しかありません。それだけはご理解いただけると幸いです