Lausanner from Tokyo

スイス、ローザンヌでの家族生活、子育て、夫のEPFL留学、障がいのある人のことなど、リアルな情報を発信します

やまゆり園事件が「形式上」終結したこと

ずっと動向を注視していた事件が、2020年3月31日に区切りを迎えました

1月初旬に公判が開始されたときから、いずれここに書きたいと思っていましたが、なかなか気持ちの整理がつかず、、、実は今もできていませんが、この事件が「形式上」終結したので、今の思いを書いてみようと思います

これは、2016年7月26日未明、神奈川県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者及び職員含め45人が殺傷された事件です

あの日は火曜日でした

今でも鮮明に覚えています

毎朝、時計がわりにテレビを付けて、朝の支度をするわが家

普段はほとんどのニュースを聞き流しますが、この日は上空からブルーシートで覆われた建物、建物を囲むたくさんの救急車、緊迫感と異様さが目に飛び込んできて、思わず手を止めて立ち止まり、しばらくテレビの前を動くことができませんでした

あまりにもショックが大きすぎて、その日は体調が優れなかったことを記憶しています

その後、事件の概要が明らかになればなるほど、さらに心は痛みました

特に、容疑者の差別的な発言は、大きなダメージとしてのしかかりました

「重度障害者だけを狙った」

その際、職員に喋ることができるかできないかを確認しながら犯行に及んだため、同じ部屋でも被害に遭った方と遭わなかった方がいた、襲撃された部屋とされなかった部屋があったと言います

わが息子も重度障がい者(療育手帳2度)

発語ゼロとは言いませんが、「喋る」というレベルからは程遠いところにいます

わが子が犯人の言う殺戮対象に含まれると知り、背筋が凍りました

「障害者は必要ない」、「税金の無駄」、「障害者は死んだ方がいい」、

「障害者なんて生きていても無駄」、「重度障害者は安楽死させるべきだ」

数々の侮辱的な発言を聞くたびに、ショックと恐怖で苦しくなりました

しかし、それ以上に私が感じた脅威は、容疑者に共感する人、同じような理念を持つ人が少なからずいるだろうと想像できたことです(実際に、石原慎太郎氏が「やまゆり園事件犯の気持ちが分かる」という暴言を吐きました)

容疑者のように実際に凶行に及ぶ者は、皆無であることに間違いはありませんが、内に秘めた思想はそれほど変わらないのではないか、

「よくぞ、やってくれた」と容疑者が称えられ、まるで英雄のように崇める人間が現れやしないだろうか、

よく分からないけれども、容疑者の後ろに黒い人影がいくつも控えているような気がしてならなかったのです

事件後、知的障がい者の当事者団体「ピープルファースト」のメンバーで、あまりにも恐ろしくて電車に飛び込みそうになったと言う方の気持ちがよく分かりました

「ピープルファースト」とは、アメリカやカナダで知的障がいのある人々が始めた活動で、「自分たちのことは(親や支援者ではなく)自分たちで決める」という自己決定を訴え、日本では2004年に結成されています

また、本事件は被害者の実名を公表しない報道のあり方についても議論は及びました

公表すべきだという意見が主流だったと思いますが、遺族の思い、排他主義的な世の中、いろいろ考えると、私には答えが見つかりませんでした

その後、容疑者の生い立ち、人格の変化、事件前の不審な行動などが明らかにされていきましたが、何が引き金となったのか、犯行に及んだ経緯は不明瞭でした

あれから約3年半が経ち、2020年1月8日に初公判が開かれ、結審まで全16回

被告は一貫して、心からの謝罪はなく、反省も後悔もなく、3年半前と何一つ変わらない、ひどく偏重した考えを主張しました

心底ガッカリしました

でも、想像どおりでもありました

変わる余地があるとは思いませんでしたし、期待もありませんでした 

そして、3月16日に死刑判決が言い渡されました

予想どおりであり、当然の結果だと思いました

(死刑制度には賛否両論があるので、ここでは極刑判決が下されたことについて、当然の結果だと思っています)

また、それは紛れもなく遺族が望んでいた結果だったと思います

しかし、被告が「障がい者は不幸しか作らない」や「生産性のない人間は生きる価値がない」という考えを持つようになったきっかけ、45人も殺傷する大事件を起こすに至った経緯は、最後までよく分かりませんでしたし、奇怪な持論の展開、独りよがりの発言は、目に余るものがありました

不可解な点を残しながら終わりを迎えたことは、残念である一方で、今後もこれらの事実が明らかになるとは必ずしも言えないので、今回の結果は形式的に良い形で終結したと言えるのかもしれません

 

公判中に被告が主張していた内容で、反論したいことが2点あります

まず、「喋らない人=意思疎通がとれない人」と言いましたが、間違っています

言葉はなくても、意思疎通は可能です

息子は、本人の言葉(喃語に近い)と指さしで要求を伝えますし、簡単な指示であれば、口頭で分かりますし、学校ではピクトグラム(写真や絵のカード)を使って学習しています

タブレットや文字盤を用いる人もいれば、目の動きで表現する人もいます

言葉は能力ではなく、これらと同じ、ただのツール(手段)です

この世界が、コミュニケーションスタイルとして、言葉というツールを使う人が多いだけ

「喋らない」は、その人を判断する基準にはなりません

また加えて、「意思疎通ができない人は心を失っている(心失者)」とも言いましたが、これも間違っています

誰でも心はあります、意思もあります、人格もあります

喜怒哀楽を感じる場面は、意外と皆よく似ています

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(砂の上に寝そべることは気持ちがいいと感じるのは息子も私も一緒ですし、私たちと同じように喜びを感じる方は他にいらっしゃいませんか?)

心失者なんて一人もいませんし、そもそもそんな言葉は存在しません、勝手な造語です

次に、「障がい者は不幸しか作らない」、「家族が不幸な表情をしている」と言いましたが、これもまた間違っています

たしかに、配慮や支援を多く必要とするので、大変なこともあります

でも、息子は私のかけがえのない宝物で、彼がいてくれることはとても幸せです

当たり前と思い、通り過ぎてしまうようなことも、幸福と感謝の心に気付かせてくれます

むしろ、彼が幸せを生み出してくれています

息子自身は、障がい者として生まれたことを悔やんでいるかもしれません

周りを見ながら、もっと違う人生があったのではないかと思っているかもしれません

が、少なくとも私は母親として不幸だとは思いません

不幸ではないと思えるようになった、が正しい表現ですね

 6、7年前は、息子も私も不幸だと思っていました

特に、自分ばかりに意識が向き、息子と他の子を比較しては、私の子育てはこんなはずではなかった、こんな子はいらない、代わりに誰かに育ててほしいと思った時期もありました

最低な母親だと、自分が情けなくて仕方ありませんでした

その後、前向きな子育てのヒントを学び、いろいろな人と話して、助言や激励を受け、徹底的に自分の意識改革に努めました

すると、自然と息子の方から歩み寄ってくれるようになったのです

そこからは、息子に大切なことを教えてもらってばかり

人生を豊かにしてくれる息子には感謝しかありません

差別的思想が生まれる原因として、よく分からないという部分が根底にあると思います

インクルーシブ教育が謳われているものの、なかなかその実現には至りません

すると、定型発達児(マジョリティ集団)と障がい児(マイノリティ集団)は、違う学校に行き、お互いの道を進むと、自ずと交わる機会はほぼありません

どうしてもマジョリティ集団と過ごすチャンスが限定的になってしまうので、家庭としてとても悩ましい現状があります

だからこそ、積極的に社会に出ていく必要性を感じているのです

さらに、親がハツラツとした姿で笑顔でわが子と街を歩き、「なんか楽しそう♡」と思ってもらえたら、大成功だと思っています

その「楽しそう」な光景を目のあたりにした体験がある人とない人では、障がい者(児)とその家族に対する印象は随分変わるのではないかと思うのです

あるネガティブな断片(家族が不幸な表情をしている(これも被告の勝手な思い込みと思われる))を見ただけで、それをあたかも通念として100%受け止めないでほしいと強く思います

本事件を契機に、これらの施設のセキュリティ強化がさらに求められたと聞きました

たしかに、防犯対策や安全対策も重要ですが、施設の存在をオープンにすることや社会から孤立しないように外部との定期的な関わりも大切だと思います

事件はちっとも終わっていません、

被害に遭われた入所者の方、そのご家族の方々の心の傷は、一生かけても消し去ることはできません、

この先も決して事件を風化させてはいけません、

二度とこのような残酷な事件が起きないように、出来ることをしていかなければなりません

私は親として、まずは知ってもらうこと、願わくば興味を持ってもらうこと

勇気はいりますが、私がやらずして誰がやるのか!!

たとえ微力でも、"Better than nothing"(何もしないよりマシ)精神、

やらないで後悔するより、やって後悔する方がずっと良い精神、

トライアンドエラー精神で、突き進んでいこうと決心する日にしたいと思います