Lausanner from Tokyo

スイス、ローザンヌでの家族生活、子育て、夫のEPFL留学、障がいのある人のことなど、リアルな情報を発信します

きょうだい児への伝え方のこと~その2~

 

lausannersfromtokyo.hatenablog.com

 

前回の記事でお伝えしたように、私は慎重に進めていきたいと思いました

特に、一番最初の導入は大切な一歩なので、しっかり準備して臨みたいと

息子の学校の担任の先生達、心理の先生ともZoomやメールのやりとりを重ねました

先生方は、私が娘にどんなメッセージを伝えたいか、どのような方法で進めたいか、細かく聞いてくれました

私の考え方はとてもシンプルです

ただの「違い」ということ

実際に、自閉症者(ここでは、自閉症スペクトラム症者という広義の意味)と定型発達者は脳機能の違いがあるため、行動特性も異なります

「障がい者」という名称で一括りにされてしまいますが、

「害」でもないし、「問題」でもない

そもそも、その人自身が障がいを持っているわけではありません

社会が彼らにとって大きな壁(障がい)を作っているだけ

多くの場合、ここの理解が欠けていて、「障がい者=障がいを持っている人」と認識されていることが一番大きな問題だと私は思っています

とは言っても、ここまでの説明は今の娘にはまだ早いと思うので、、、

いきなり息子の話に飛び込むよりも、まずは

「みんなちがって、みんないい」

このメッセージを娘に送りたいと思いました

娘は今、とても恵まれた環境にいます

肌の色、髪の毛の色、目の色が違う子ども達が、クラスに限らず学校中にいるからです

私の希望を受け止めてくれた心理の先生は、YouTubeの中からいくつか候補を送ってくれました

先生おすすめの動画に目を通しつつ、私は私で日本語でうまく説明された動画がないかどうか自分で調べました

しかし残念ながら、コレというものが見当たりませんでした

「自閉症者にはこのような問題があります」

「ときに、私たちには理解しがたい行動を起こすこともあります」

と堂々と説明し、ネガティブな印象を与えるものを多く見かけました

また、きょうだい児への説明に特化したものは、その家庭特有の事情に即した内容となっているため、ミスリードの可能性を恐れて避けました

結果的に、先生が送ってくれた動画の中から選ぶことになったのですが、その中にセサミストリートのある動画が含まれていました

ご存知の方もいるかもしれませんが、2017年4月にジュリアという自閉症の女の子が新しい仲間として登場しました

彼女の登場シーン(ジュリアがビッグバードに初めて出会う場面)が日本語に吹き替えられた動画と、We Can All Be Friendsの歌の日本語版を一緒に見て聞くことにしたのです

 

youtu.be

youtu.be

【We Can All Be Friendsの歌詞】

僕たちはみんな特別さ 

それぞれみんなちがうけれど

みんなちがってみんないい 

だって、それが素敵だから

みんなは友達さ 

一緒に楽しく遊ぼう 友達さ

みんなちがってみんないい 

We Can All Be Friends

 

その後、娘と話しました

「私たちの家族の中に、ジュリアによく似た人がいない?」と聞いてみると、

第一声は「ママ!髪型が一緒!」と想定外の回答にドギマギしました(失笑)が、

動画内でジュリアの特性として触れられていたもの、「大きな音が苦手だったり、手をひらひらさせたり、ボヨンボヨンと跳びはねたりする人はいないかな?」と聞くと、すぐに「◇◇(息子の名前)だね!」と答えが返ってきました

「ジュリアはとても絵が上手だったね」

「みんな一緒に楽しく遊んでいたね」

「みんなちがって、みんないいよね」

「みんなちがって、みんな素敵だよね」

など、歌詞をそのまま取り上げて、2人で共感し合いながら時間を共にしました

娘が終始キラキラした表情で聞き、前向きな反応が返ってきたので、まずは第一段階としてとても良い導入になったと思います

f:id:lausannerfromtokyo:20200616220553j:image

その後、心理の先生がZoomを使って娘と話す機会も作ってくれました

途中から、娘の集中が途切れて継続することが難しくなってしまいましたが、ここまでわが家に尽力してくれた先生に感謝しかありません

今後さらに、自閉症のより細かい特性について描写されたものに移行していきたいと思っています

心理の先生が他にも素晴らしい動画を送ってくれているのですが、もう少し自分でも調査したいと思っているところです

本筋とは少し反れますが、セサミストリートは、このたびの人種問題にもすぐに対応しています

「おかしい」と発信することは、とても勇気のいることです

それでもやっぱり声を上げ続けなければいけないと強く思いました

これ以上、痛ましい事件を目の当たりにしたくありません

少しずつでも、周りに知識が少ない、または偏った知識を持つ人たちに勇気を持って伝えていくことで、個別に見ればたとえ小さな力でも、積み重なれば大きな動きになると信じます