Lausanner from Tokyo

スイス、ローザンヌでの家族生活、子育て、夫のEPFL留学、障がいのある人のことなど、リアルな情報を発信します

不安な日々が続いています。。。

なかなかブログに気持ちが至らず、久しぶりにパソコンと向き合っています

大変ご無沙汰してしまいましたが、皆さまお元気ですか?

私はと言うと、9月下旬から10月初旬は、以前の記事でもお伝えしたTOMATIS(トマティス)という聴覚トレーニングに、息子を連れて週に3回ペースで3週間通いました

詳細はまた別の記事でお伝えしますが、息子は本当によく頑張りました!!

 

lausannersfromtokyo.hatenablog.com

 

その後、子供たちが秋休みに入った直後の10月中旬は精神的に参っていました

少し前から、朝に目は覚めているのに、体を起こせなくなって、ちょっとおかしいとは思っていました

そして、9月末に竹内結子さんが自殺されたというニュースが飛び込んできました

幼い子供を置いて命を絶たれたことが、非常にショッキングでした

というよりむしろ、幼い子供を置いて人は死ねるんだなと思ったら、もしかしてその方が楽になるのかなと一瞬魔がさして、、、そんなことを考える自分にゾッとして、このとき私の精神状態はかなり悪い場所にあることに気づいて血の気が引きました

が、とても不思議なことに、この時期複数の友人たちが立て続けに「会おうよ!」と連絡をくれて、ほぼ毎日誰かに会う予定ができて、彼女たちと会って話す過程で少しずつ立ち直ることができたのです

弱さや葛藤を露呈すると、ほぼ耳を傾けることなく、すぐ「じゃあ、日本に帰れば?」と口にする夫とはちがいます

私の気持ちを聞き入れて、共感して、支えてくれる友人たち

心から感謝しかありません

気持ちを持ち直したところで、子供たちの秋休みが明けた10月下旬からは、テスト勉強に励んでいました

実は、9月中旬にフランス語試験DELF(デルフ)のA2レベル(初級と中級の間)を受験しようと決めて、出願していたのです

2020年の2月から、フランス語と真剣に向き合い始めました

(私のフランス語とのお付き合い(戦い)は、過去の記事にまとめてありますので、まだお読みになっていない方はぜひご覧ください!)

フランス語の壁に打ちのめされた2019年

フランス語の世界に自ら歩み寄ってみた2020年

効果的な学習方法や自分に合った勉強法を模索しながら、ほぼ独学でやってきました

4月からはタンデム(言語交換者)を、8月からはチューター(マンツーマンの指導者)を見つけて、実践の場を増やしました

何度かスランプ時期も経験しつつ、我ながら着実に進歩している感覚がありました

特に、耳が育ってきたと実感する場面がますます増えて、「あ!聞ける!分かる!」という気付きが、ちょっとした充実感となっていた今日この頃

レベルチェック+今より少しチャレンジとなるレベルを目指すことで、さらに自分を押し上げたいと思ったこと

また、2020年の達成事項として、何か形に残したかったこと

しかもこれは、自分だけのための達成事項です、家族の誰かのためではありません

それでなくても2020年は、いろいろと思うことがある年だったので。。。(まだ2020年終わっていませんけど)

以上の2点から、今年のゴールとしてDELF受験を設定したのです

合格して、気持ちよく走り切ろうと思っていました

私は昔から熱しやすく、冷めやすいタイプ

熱している時は、結構ストイックになれます(単なるのめり込み?)

同じDELFを受けるインド人の友人(彼女はB1レベル)が、文法書を譲ってくれたので、すぐに終わるだろうと取り掛かってみたら、全く思うように進みません

これまで曖昧になっていたルール、今まで知らなかったルール、知らなかった単語が、どんどん飛び出して理解に苦労しました

フランス語特有?の例外だらけのルール

1. 一般的には/たいていの場合は、〇〇〇というルールがあります

2.   例外として、△△△、□□□があります

3.  しかし、▲▲▲、■■■は除かれます

的な例外の例外が存在したり、フランス語の難しさというか美しさというか、もっとシンプルなつくりに出来た気がしてなりませんが、ルールはルール、理由を考えても意味なし

全部のルールを理解するには、まだまだ時間がかかりそうですが、この文法書を軽く流すだけでも2週間かかりました

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時間さえあればこの本を開いていたくらい大の仲良しで、久しぶりに受験生時代並みの徹夜、少ない睡眠時間で2週間を送りました 

息子が情緒不安定で、家でも学校でも大きな声を出して不満を爆発させていたのに、、、それも見て見ぬふりして、とにかくまずこの文法書を終わらせることが、私の最優先事項だったのです。。。

 

そして、2回目のロックダウンがやってきました

スイスでは、今月11月初めからライトロックダウン(何かの記事でこの言葉を見かけたので使用します)をしています

「ライト」という名のとおり、春のロックダウンと比べると全体的に制限はやや緩めです

とは言っても、今は公私関係なく、5人を超えて集まることができません

家族ぐるみの集まりは、厳しい状況となっています

大きな救いは、息子と娘の学校は閉鎖することなく、学業の環境が継続されていること

しかし、今回のルールで一番気がかりとなったのは、12歳以上は社会的距離が確保できない場合、学校でも常時マスク着用が義務づけられたことでした

息子は12歳なので、当然本ルールに該当し、何とか息子が受け入れることを願いつつ、毎日マスクを持たせていました

そんなある日学校の看護師から電話があり、

看:息子さんは、学校でマスク着用が難しいので、かかりつけ医にマスクを着用できないという証明書を作成してもらおうと思いますが、いかがですか?

私は迷いなく、

私:お願いします!

と答えました

正直、心配は拭えません

クラスでマスク着用が難しい子は、おそらく息子だけではないはずだから

でも、マスクが彼らのストレスとなり、学校生活に限らず日常生活を脅かしているのであれば、それらは排除してあげる方がずっといいと思いました

これで息子のイライラが払拭されることを願いましたが、一向に変化がありません

約1週間前に口内炎を患わせて、歯医者を受診していたこともあって、それが原因だろうかと、この時期は息子が不安定になる理由はいくつか思い当たり、でもまさか私に原因があるとは思いませんでした

文法書を弾丸ペースで終えた翌日の土曜日、私は急に思い立って、引き続き不満を露わにしていた息子を散歩に連れ出すことにしました

夫も娘もいない、たった2人だけのお散歩です

最初は出かけること自体に納得いかなかったようで、家を出てしばらくは怒っていましたが、一緒に歩きながら、私がここのところ勉強で忙しく、息子に注目を向けられなかった理由や私が目指しているゴールなど、思いの丈をすべて息子に伝えました

時折私の顔をちらっと見ながら、それでもきちんと聞いてくれている姿はよく分かりました

いつもの湖畔に着いて、お互いに時間と空間を共有するだけでしたが、少しずつ表情が緩む息子がいて、最後にはケラケラと笑い始めたのでした

それ以降、息子は見違えるようにとても穏やかになりました

よく状況が分からない中、私がストレスや焦りを抱えていたことが、息子にとっては耐え難かったのだと思いました

もっと早く説明してあげたらよかった、次回の良い教訓になりました

息子と散歩から戻ると、今度はジェラシーの塊の娘が待っていました

ということで、今度は娘と2人きりで散歩に出かけて、娘との時間もとても貴重なひとときで、個々と過ごす時間の大切さを実感した、実りある1日でした

しかし、翌朝に喉の痛みを感じて、見事に風邪を引いてしまったのでした

徹夜続きの日々と寒いなか1日2回の散歩に、完全にノックアウト

鼻と喉あたりに不快感を感じながら、少しペースを落として、いよいよDELFのテスト形式に慣れようと、過去問を解いたり、作文と口頭試験の練習をタンデムとチューターと重ねたりしていた矢先のこと

インド人の友人から、試験延期のメールを受け取ったとの連絡が入って、私は一瞬固まりました

何度も自分の受信メールボックスを確認しましたが、私には何も来ていません

しかし、内容的に彼女の試験だけが延期になるとは考えにくく、試験が予定どおり執り行われない運営側の決断を認識しました

延期の理由はもちろんCOVID

しかも延期時期は来年2021年3月20日

私たちは思わず電話で怒りや失望をぶつけ合いました

このときはまだ笑いながら、英語やフランス語で俗語も飛び出す余裕すらありましたが、電話を切ってしばらくすると、今度は悲しみがやってきました

体調まで崩しながらこんなに一生懸命勉強していたのに、

タンデムが口頭試験用の台本を代わりに考えてくれていたのに、

チューターとのレッスン回数も増やしてもらったのに、

これは私の、私だけのゴールだったのに、

といろいろな「〜のに」が込み上げてきました

私は居ても立っても居られなくて、まずはタンデムにこの件を伝えました

すると、すぐに2分ほどのボイスメッセージが届いて

タ:延期は残念だけど、とても上手に話すようになったし、間違いも減ったし、文法の知識も語彙も増えたし、すごく上達したよ。自分に誇りを持って!次の機会は必ずあるから

と吹き込まれていて、思わず泣きました

お風呂でカーテンを閉めて、誰にも気付かれないように静かに泣きました

私の努力と進歩に対して、褒めすぎなくらい褒めてくれたことがとにかく沁みました

その翌日に私も試験延期を知らせるメールを受信

この日はチューターやずっと応援してくれていた日本とスイスの友人たちに知らせると、またまたみんなが私の頑張りを労ってくれて、チューターに至っては「あと数ヶ月あるなら、次のB1(中級)レベル行けるよ」とポジティブすぎる心強いエールを送ってくれました

さらにその翌日には、インド人の友人と朝から夕方まで一緒に過ごして、同じ経験をした者同士でいろいろな話をして、この日にようやく受け入れられた気がしました

なので、今週はフランス語をお休みしました

正直、時間さえあれば、フランス語を聞いたり、文法書やノートを開いたりという生活を脱出して、ホッとしたところもあります

でも一方で、このまま2020年が終わると思うとやっぱり寂しいし悔しいし、また目標のない生活に戻ってどう過ごしたらいいのだろうと不安が募ります

夏から待っているペルミ(滞在許可)は今もまだ届きません

夫は相変わらず仕事探し

がんばっていると思いますが、結果が付いてこないので、そろそろ身を引いて他の道を探す時期ではないかと私個人的には思います

もう、

本当に、

厳しいところにいます、

いろいろと

不安ばかりが膨れ上がる毎日から、

早く抜け出したいです

そんな思いを、本来であればDELFの筆記試験を受けるはずだった今日書いてみました

うーん、やっぱり受け入れられてないな、私(失笑)

 

追記:今週月曜日に日本の友人と母からの小包が同時に届いたので、日本食材や日本製品に囲まれて、しばらくは幸せ気分を味わえそうです♡