Lausanner from Tokyo

スイス、ローザンヌでの家族生活、子育て、夫のEPFL留学、障がいのある人のことなど、リアルな情報を発信します

2021年、明けましておめでとうございます

 

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まさか2021年をここスイスで迎えるとは、私自身が一番信じられません

こんな社会情勢でなければ、100%間違いなく、2020年中に帰国していたはずです

一人だったのか、子供たちを連れてだったのか、あるいはどちらか一人を連れてだったのか

それは分かりませんが、唯一確かだったことは夫は帰国組にいなかったことです

夫は今の今も日本に帰る気はないと、断固として譲りません

 

これまで本気で帰ろうと思えば、帰れなかったわけではありません

今振り返ると、2020年7〜9月あたりが適切なタイミングだったと思います

子供たちの学校の区切りとして、非常に良い時期でした

新型コロナウィルスの状況が、去年の春や今と比べて落ち着いていた時期でした

日本の帰国者の受入れ体制として、今よりも制限がゆるい時期でした

しかし、私はこの時期ヨーロッパならではのキラキラした夏に魅了され、また新たな明るい縁にも恵まれて、小さな希望を抱きました

弁護士という強力な後ろ盾のもと、もしもペルミ(滞在許可)の更新がうまく運べば、

もう少しだけ、ここでやれるかもしれないと、

もしかしたら、まだここでやれることがあるかもしれないと、

元々この時点(2020年7月)では、夫と年内までスイスでという話になっていたので、年末をゴールに設定して、やれるだけやってみようと思いました

最後の悪あがきと残り少ないスイス生活を楽しむことを念頭に、若い頃の「当たって砕けろ」精神で溢れた無鉄砲な自分が戻ってきました

とにかく何事も行動あるのみと、

8月には仕事に応募しました

9月にはDELFに出願しました

また、春のロックダウン前に中途半端になっていた息子のTHV(スペシャルタクシー)をいつでも利用できるように、ソーシャルワーカーに手続きを進めてもらいました

10月には息子と一緒にTOMATISに通いました

その同時並行で、本療育費を援助してもらうべく、ソーシャルワーカーを通して経済的サポートをお願いしました

11月にはDELF合格を目指して、必死に試験勉強しました(結果としてDELFはローザンヌ会場のみ延期となりました。他会場は実施されたという事実は後から知りました)

しかし、待てど待てど、新しいペルミは来ません

8月末に弁護士が移民局へ申請後、3〜4週間で連絡が来るだろうと弁護士から聞いていたにも関わらず、本日1月4日現在において何も音沙汰ありません

そして、夫と再度話した9月末、年内までと言っていた内容が変わりました

これで実に4回目の変更です

2021年2月末または3月頭、日本帰国後14日間の隔離期間を考慮して、子供たちの新年度4月に間に合うような形でと言うのです

またもや私のゴールは遠くへ置かれることに

しつこいですが、これでもうすでに4回目

毎度毎度、精神的ダメージがひどいです

そして、新型コロナウィルスの再燃をじりじりと感じ始めた頃でもあり、この後まもなく私はかなり滅入りました

友人たちとたくさん話して、2019年12月末でも2021年2〜3月でもその差は数ヶ月

それほど変わらないのではないか、

それよりも一人で子供たちを連れて、飛行機に乗って帰る方がよほど大変だろうと

私はずっと家族全員で胸を張って日本に帰りたかったのです

決して負け犬としてではなく、海外で、時に不公平な環境で最善を尽くした者として

夫は、もう2021年頭が本当に最後だと、経済的にもそこまでだろうと言うので、私はその言葉をまた信じて、心と頭を切り替えて前を向いて歩み始めました

その後、DELF延期が決まり、それを受け入れた頃の11月下旬、2021年1月〜9月末の期間限定でキャンセルや変更可能な航空券の話を友人から教えてもらい、夫にいよいよ2月ないし3月の航空券を準備することを提案すると、、、想定外の反応が返ってきました

2021年5月頃、あるいは子供たちの年度終わりの7月頭までと(ペルミ的に問題ないかどうかは不明)

もうお分かりだと思いますが、これで実に5回目です

ペルミの結果も分からない中で、まだ決められない

社会の流れによると、今後ワクチン接種が広く浸透していけば、2021年5月頃から世の中は元どおりに戻るという展望がある

であれば、そこまでここで粘れるだけ粘りたいと言うのです

・・・・・・・・・・

思わず言葉を失いました

まず最初に、ペルミの件

あまりにも移民局から連絡がないので、手続き状況を弁護士に確認してほしいと、何度か夫にお願いしてきました

だって、当たり前ですけど、ペルミがすべてですから

8月に応募した仕事も、10月に依頼した息子の療育費支援も、ペルミが手元にないために、先に進みません

それ以外のこともそうです

すべてペルミがものを言うのです

でも、夫はずっと「手続き中である限り、滞在に違法性はなく、わざわざ移民局を刺激するようなことはしたくない」の一点張りです

もう4ヶ月以上もペンディング状態にしておくこと自体、私は納得できません

この間、時間とお金を浪費していますので

次に、いつまでスイスに留まるのかという件

「これが本当に最後」

この1年間、このセリフを私は何度聞いたか分かりません

しかし、また約束は破られました

そしてついに、私のほそーく繋がっていた糸はプツンと切れました

もう限界だ、それまでもずっとギリギリのところで走ってきたけれど、これ以上は無理だ、とうとう極限を超えたのです

私はずっと家族全員で帰国を望んでいましたが、この期に及んでまだ叶いません

家庭の現況を考えると、私には全く理解できない判断です

こんなに犠牲や痛みを伴ってまで、夢は追うべきものなのでしょうか?

独身者ならまだ可能でしょうが、彼は独身ではありません

夫も余裕がないので、お決まりの「もう日本に帰ってもらっていい」という発言が飛び出しました

極めつけは、「どうして君は、○○さん(ここで出会った素敵な日本人女性の一人です)のように、夫の夢をサポートできないのか?」という他者と比較する発言がこぼれたこと

・・・・・・・・・・

まず、置かれた状況が違います

それぞれの環境で、精一杯やっています

次に、他者と比較することがどれだけ無意味で馬鹿げたことか

息子の存在を持って、学んできたことではなかったのか

ただ、私は誰に何と言われようと、ここまでずっと150%の力でやってきた自負と誇りがあります

私だからこそ為し得たことだと、ほとんどの人が言ってくれます

私を認めていないのは夫だけです

誰よりもこの人に認めてもらいたくてやってきましたが、まだなお不十分だと言われている気がして、たまりませんでした

これまで夫の意向に応じて、相手の決断を待つばかりでしたが、もう自分で決めて動くしかないと今度こそ本気で思いました

子供たちを連れて日本に帰ることも、もちろんいばらの道です

・ 搭乗中のマスク着用義務

・ 搭乗72時間前のPCR検査(変異種の発見により、スイスから帰国する者は本年1月1日〜1月末まで事前検査が必須となりました)

・ 日本到着後、空港でのPCR検査

・ 14日間の検疫生活

・ 生活の立上げ全般     

リストにするだけで、考えることを辞めたくなりますが、それでも、それでも自分の意思で行動する方が、たとえ苦行の道でも納得がいくだろうと思ったのです

航空券を取るにあたり、想定される不安を最小限にするため、あれやこれや熟考して、現状2月末の便を取りました

今後の新型コロナウィルスに係る状況や対策を見ながら、場合によっては便変更を再検討する可能性は否めません

が、近い将来帰国の方向性で、諸々の準備を進めていくつもりです

2021年の目標は、ずばり「再生」

いよいよ再始動です

未来にワクワクしながら、日々を大切に、感謝しながら過ごしていきたいと思います

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皆様にとって明るい年になりますように

お腹を抱えるほど大笑いできますように

世界中が元気になりますように

心から、心の底から願うばかりです

Bonne année à tous!! (良いお年を)